自由業なのに自由じゃなくなる瞬間ということについて、お話ししてみようと思います。
私は税理士で、一人で事務所をやっています。
スタッフの目を気にすることなく、一人で仕事をすることができます。
今ですね、夜中に目が覚めて、3時ぐらいなんですけれども、ちょっと郵便をポストに入れに外に出て、散歩しているような状態です。
こんなことができるのも、自由だからっていうのはありますね。
もうポストに出したら寝ます。
今回は時間の余白について考える
この前は、固定費を下げますという話をしました。
その時は、金銭的な意味で自由であるためにはどうすればいいか、というところで考えていました。
今回は、時間の余白をどう取るかというところで考えてみようと思っています。
一人で事務所をやるので、営業から実際の作業、提案、納品、考えるところまで、全部一人でやることになります。
それは当然の話です。
わかっていてやっているので、それ自体はいいんですけれども、その「やる」という基準をどこに持ってくるか。
そこが、まだ私の中でも確立していないところがあります。
仕事を増やそうと思えば増やせてしまう
オンラインで仕事を受けたりもしています。
今もやっています。
オンラインで集客をしようと思えば、仕事を増やすことはできます。
ただ、その分、価格競争もあります。
安く受けなければいけない場面も出てきます。
どこまで仕事を受けるか。
どの価格で受けるか。
そこを踏まえて値決めをしていく必要があります。
仕事がないのも不安です。
ただ、仕事を増やしすぎると、今度は時間がなくなります。
自由業なので、どこまで仕事を受けるのかも自分で決められます。
でも、決められるからこそ難しいです。
時間があるはずなのに余力がない
申告代行のような仕事には、納期があります。
なるべく早めに手を回さないといけません。
その納期に対して不安を感じることもあります。
締め切りが迫っているのに、先方から連絡が来ない。
必要な資料が届かない。
こちらでできることは終わっているけれども、仕事自体は終わっていない。
そういうことがあると、結構、時間があるはずなのに余力がないという不思議な状態になります。
実際に手を動かしているわけではない。
でも、頭の片隅にずっと残っている。
自由な時間のはずなのに、完全には自由になれない。
そういう瞬間があります。
自分にとっての自由とは何か
正直、私にもまだよくわかりません。
自分にとっての自由ってなんだろうと考えてみると、やっぱり、ある程度時間を自由に使えるということなのかなと思います。
お金も自由に使えたらうれしいなとは思います。
ただ、そこまでできるかどうかは、また別の問題ですね。
少なくとも、時間を自分で選んで使える。
今は仕事をする。
今は休む。
今は家族と過ごす。
今は自分のやりたいことをする。
そういう選択ができることが、私にとっての自由に近いのかなと思います。
仕事以外にも生活の大きな部分を使いたい
時間を取るということを考えると、仕事の時間だけではありません。
家族との時間。
趣味の時間。
自分の体を動かす時間。
何もしない時間。
そういったものにも、生活の大きな部分を使ってあげたいなと思っています。
仕事をするために、残った時間で家族や趣味をやるのではなくて、家族や趣味も含めて生活全体を組み立てたい。
そういうことができる状態が、自由なのかなと思います。
何に時間を使いたいかは人それぞれ
これは人それぞれですね。
仕事が大好きという人は、仕事の時間にたくさん使えれば、それが自由な時間なのかもしれません。
ずっと仕事をしていたい人もいます。
仕事より家族との時間を大切にしたい人もいます。
趣味の時間を増やしたい人もいます。
何もしないで過ごす時間が必要な人もいます。
どれが正しいという話ではありません。
結局、自分が何に時間を使いたいかという価値観になるのかなと思います。
自由業だからこそ、自分で余白を作る
自由業なのに、自由じゃなくなる瞬間があります。
仕事を受けすぎた時。
納期が頭から離れない時。
先方からの連絡を待っている時。
時間があるはずなのに、気持ちに余力がない時。
自由業だからといって、自動的に自由になるわけではないんですね。
自分で仕事量を決める。
自分で値段を決める。
自分で休む時間を決める。
自分で余白を作る。
そこまでやって、初めて自由に近づけるのかなと思います。
私はまだ、その基準が確立していません。
仕事をどこまで受けるのか。
どこで止めるのか。
家族や趣味にどれくらい時間を使いたいのか。
その辺は、これからも試行錯誤していくことになると思います。
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