等身大の自分ってなんだろうっていうのを考えてみたいと思います。
考えてみたいと言いながら、答えはないというのが結論にはなってしまうんですけれども。
自分自身と向き合っていく中で、
自分らしく。
自分の人生を生きよう。
そういう話がよく出てくると思います。
自己啓発的な話かなと思うんですけれども。
じゃあ、自分らしくある、等身大の自分ってなんだろうってなった時に、まず思うのは、できないことを受け入れることなのかなと思います。
できないことを受け入れる
私だったら、お菓子どか食いしたりとかします。
筋トレも続かないし、散歩もランニングもやるやる言って続かないし、早起きもそんなに続かないし、できないこといっぱいありますね。
子供に対しても、やっぱりイライラします。
言っても聞かなかったらイライラしたりとかもします。
そういう自分の弱い部分っていうのはありますね。
じゃあそれを受け入れて、で、乗り越えていくっていうのが理想ではあります。
でも、まずはそういう弱い部分があるということを、自分で見ないといけないのかなと思います。
等身大の自分でいる
等身大の自分でいる。
自分自身ありのままを受け入れて、特に演ずることなく表現できる。
人とも接することができる。
そうなると、結構魅力的な人に見えるのかなと思います。
かっこつけすぎない。
無理に良く見せすぎない。
弱いところもあるけれど、それも含めて自分なんだと受け入れている。
そういう人は、見ていて自然なのかなと思います。
いい意味で空気を読まない
私はいい意味で、空気を読まないようにしています。
自分自身がどうやりたいか。
どうしたいか。
そこをメインに考えていく。
人からの評価っていうのは、あくまで評価です。
周りの人が私をどう捉えるかっていうのはその人の問題なのかなと思っています。
もちろん、そう言いながらも、
「あの人はどう考えているんだろう」
「こう思ってるんじゃないか」
というふうに勘ぐることはあります。
そして、自分をカメレオンのように色を変えて順応させるということも、無意識のうちにやってはしまいます。
ただ、なるべくだったら、そうしない方がいいのかなと。
その方が相手にとっても、
「これが等身大の鈴木なんだ」
と思ってもらえる。
その方がお互いいいのかなと思っています。
懇親会で一人でご飯を食べる
いいか悪いかっていうのは正直わからないんですけど、結構懇親会とかに参加すると、皆さん率先しておしゃべりするんですよね。
私は、
「ここで友達増やしてもしょうがないな」
と思いながら、ちょっと斜に構えた感じでいることがあります。
もちろん、話しかけていただければ気さくに話します。
たまたま隣に座っていた方に話しかけもします。
そういう意味では、懇親会なりの活動をしているのかなとは思います。
ただ、結構一人で、隅っこでご飯を食べてたりもするんですよ。
別にそれが苦じゃないです。
傍から見たら、
「税理士の人たちみんな喋ってるのに、一人ぽつんとご飯食べて何やってんだろう」
と思われるかもしれません。
でも、私はちょっとお腹空いてるし、今食べようかなっていう気分なんで、そういう風に食べています。
それがいいのか悪いのかわかんないんですけど。
無理に同調しない
そういうところで、無理に同調しない。
だけれども、全体としては、ちゃんと場の求められた雰囲気とか、そういったものには合わせていく。
そういうルールの中で、自分を表現する。
等身大の自分でいる。
ちょっと今の例えが適切だったかわからないですけど、そういうことができたらなと思います。
全部無視して、自分勝手に振る舞うということではありません。
場の雰囲気は見る。
相手に失礼がないようにはする。
でも、必要以上に自分を変えすぎない。
そういう感じです。
かっこよくいたいけれど
かっこよくいたいとは思いつつ、かっこよく生き続けることは難しいです。
お菓子も食べます。
筋トレも続きません。
早起きも崩れます。
子供にイライラもします。
懇親会で一人でご飯を食べたりもします。
そういう自分の弱い部分だったりとか、そういったものも話しつつ、自分自身がどういう人間なんだっていうのを知ってもらいたいなという意味を込めて、今回のお話にしました。
来年になったら違う意見かもしれない
なんていう話をして、来年になったら全然違う意見を言ってるかもしれないです。
でも、それはそれでいいと思っています。
人間っていうのは変わりますので。
来年このブログを見返して、
「鈴木も変わったんだな」
というふうに思えるような感じになっていたら、それはそれでいいのかなと思っています。
等身大の自分ってなんだろう。
答えはないです。
ただ、できないことを受け入れる。
無理に同調しない。
でも、場の求められた雰囲気には合わせる。
自分をカメレオンのように色を変えて順応させすぎない。
そういうところから、少しずつ考えていければいいのかなと思っています。
コメント