家族と接していると、言葉を言葉のまま受け取ることの難しさを感じることがあります。
妻、自分の親、子どもたち。
近い関係だからこそ、相手の言葉をそのまま受け取るのではなく、
「本当は別のことを言いたいのではないか」
「何か不満があるのではないか」
「この言葉の裏には、どんな感情があるのだろうか」
と考えてしまうことがあります。
悪く言えば、勘ぐってしまう。
よく言えば、相手の気持ちを想像しようとしている。
ただ、これをずっとやっていると疲れます。
言葉の裏側を考えすぎる
私はどちらかというと、言葉そのものよりも、その奥にある感情を考えてしまう方です。
相手が何気なく言った一言でも、
「今の言葉はどういう意味だったのだろう」
「本当は嫌だったのではないか」
「自分の言い方で傷つけてしまったのではないか」
と考えてしまうことがあります。
もちろん、相手の気持ちを想像することは大切です。
何も考えずに言葉を投げるよりは、相手の立場を考えた方がいい。
ただ、想像しすぎると、今度は自分が勝手に疲れてしまいます。
しかも、その想像が当たっているとは限りません。
そのまま受け取ってほしい人もいる
一方で、妻の場合は、言葉にしたことをそのまま受け取ってほしい、という感覚が強いように感じます。
言葉の裏を読んでほしいというより、
言ったことに対して、そのまま反応してほしい。
こちらが先回りして考えすぎると、かえってズレることもあります。
「そういう意味ではない」
「ただ言っただけ」
「そのまま受け取ってほしい」
そういうこともあるのだと思います。
相手のために考えているつもりでも、相手がそれを望んでいるとは限らない。
ここが難しいところです。
自分の言葉も、重く受け止めすぎてしまう
逆に、自分が言った言葉についても考えてしまいます。
「あの言い方で嫌な思いをしたかな」
「へこんでいるかもしれない」
「もっと違う言い方をすればよかったかな」
そんなふうに思うことがあります。
でも、実際には相手はそこまで気にしていなかったりします。
自分の中では大きなことになっていても、相手にとってはそれほどでもない。
これもよくあることなのかもしれません。
本当は、聞けばいい
本当は、相手に聞けばいいのだと思います。
「今の言い方、嫌だった?」
「そういう意味で言ったの?」
「どう受け取ればいい?」
聞けば、少なくとも自分の中だけで想像し続けるよりは、話が前に進みます。
ただ、いつもそれができるわけではありません。
タイミングもあります。
相手の機嫌もあります。
自分の余裕もあります。
聞けばいいとわかっていても、聞けないことがある。
そこにもどかしさがあります。
言葉をそのまま受け取る練習
最近思うのは、言葉を言葉のまま受け取ることも、ひとつの練習なのかもしれないということです。
もちろん、相手の気持ちを想像することはやめなくていい。
ただ、すべての言葉に裏があると思いすぎると、自分も相手も疲れてしまいます。
言われたことを、まずはそのまま受け取る。
気になるなら、できる範囲で聞いてみる。
わからないものを、勝手に決めつけない。
簡単なようで、意外と難しいです。
家族とのやり取りの中で、言葉を言葉として受け取ることの難しさを感じました。
それは、家庭だけではなく、仕事でも同じなのかもしれません。
お客様とのやり取りでも、言葉の裏を想像しすぎることがあります。
でも、まずは相手が言った言葉をそのまま受け止める。
必要なら確認する。
そのくらいの距離感を持てると、少し楽になるのかもしれません。